人はなぜ壁を作るのだろう。
冷たいからだろうか。
人が嫌いだからだろうか。
多くの場合、その理由は違う。
壁の奥にあるのは、見捨てられ不安だ。
そしてこの不安は、関係の中で自然に生まれる。
見捨てられ不安とは何か
「いつか離れられるかもしれない」
関係が深くなるほど、この感覚は強くなる。
なぜなら、人は関係の中で自分の価値を問うからだ。
・自分は選ばれているのか
・自分は必要とされているのか
・自分は残る存在なのか
この問いに確信が持てないとき、人は不安になる。
壁は不安への対処
見捨てられ不安が強くなると、人は防衛を作る。
それが壁だ。
距離を取る。
踏み込みすぎない。
感情を出しすぎない。
そうすることで、人は揺れを小さくしようとする。
関係が浅ければ、失う痛みも小さい。
だから人は距離を作る。
壁は冷たさではない。
不安への対処だ。
深くなるほど不安は大きくなる
ここで少し不思議なことが起きる。
関係が深くなるほど、人は安心するはずだ。
しかし同時に、不安も大きくなる。
なぜなら、失うものが大きくなるからだ。
関係が浅いとき、人は気楽だ。
しかし関係が深くなると、人は揺れ始める。
「もしこの人が離れたら」
この想像が、不安を生む。
そしてその不安を抑えるために、壁が強くなる。
試し行動との関係
見捨てられ不安が強くなると、もう一つの行動が生まれる。
試し行動だ。
「それでも残る?」
「どこまで受け入れる?」
この問いを、人は行動で確かめようとする。
冷たくする。
距離を取る。
強い言葉を使う。
その反応を見る。
もし相手が離れなければ、安心する。
しかし試し行動は完全な安心を生まない。
なぜなら、不安の根は自分の中にあるからだ。
壁の一番深い部分
見捨てられ不安の一番深い部分には、もう一つの欲求がある。
それは「存在の確定」だ。
人はただ愛されたいのではない。
残る存在でありたい。
揺れても選ばれる存在でありたい。
この確信がないとき、人は安心できない。
だから防衛を強くする。
壁を作る。
壁をなくす必要はない
ここで重要なのは、壁をなくすことが目的ではないということだ。
壁は防衛だからだ。
問題は壁の存在ではない。
壁が固定されることだ。
どんな相手でも距離を取る。
どんな状況でも防衛する。
それでは関係は深くならない。
壁は「なくすもの」ではなく、「扱うもの」だ。
最後に
壁を作る人は冷たいのではない。
揺れを小さくしようとしているだけだ。
見捨てられ不安は、人の弱さではない。
関係を大切に思うからこそ生まれる感情だ。
そしてその感情が、壁を作る。
もし自分に壁があるなら、それは不安を守るための防衛かもしれない。
ただ一つ問いがある。
あなたの壁は、何から守っているだろうか。


