壁を作る人が本当に求めているもの

壁の構造

壁を持つ人がいる。

距離を取る。
簡単には踏み込ませない。
感情をあまり見せない。

そうした姿は、ときに誤解される。

「冷たい人」
「人に興味がない人」

しかし多くの場合、それは違う。

壁を作る人は、人を求めていないわけではない。

むしろ逆だ。

多くの場合、人との関係を大切に思っている。

ただ、その関係が怖いだけ。

本当に求めているのは愛ではない

人はよくこう言う。

「愛されたい」

しかし壁を持つ人が求めているものは、少し違うことがある。

それは「安心」だ。

揺れても崩れない関係。
離れない一貫性。
予測できる距離。

こうした安心がないとき、人は防衛を強くする。

その防衛が、壁になる。

残る存在でありたい

壁の奥には、もう一つの欲求がある。

それは「存在の確定」だ。

人は関係の中で、必ずどこかで自分の価値を問う。

「自分は残る存在なのか」

選ばれるのか。
必要とされるのか。
離れられないのか。

この問いに確信が持てないとき、人は不安になる。

そして不安を小さくするために、防衛を作る。

壁はその一つだ。

理解されたいという感情

壁を持つ人にも、理解されたいという感情はある。

ただしそれを簡単には見せない。

なぜなら理解されない可能性も知っているからだ。

期待して裏切られた経験。
踏み込んで拒絶された経験。

それを知っている人ほど、防衛は強くなる。

だから距離を作る。

しかし完全に諦めているわけではない。

どこかで、理解される可能性を残している。

揺れない関係

壁を持つ人が求めているのは、特別なものではない。

派手な優しさでもない。

むしろ静かなものだ。

態度が急に変わらないこと。
感情に振り回されないこと。
一貫した距離。

こうした関係の中で、人は安心する。

そして安心が生まれると、防衛は弱くなる。

壁は少しずつ薄くなる。

壁の奥にあるもの

壁は拒絶ではない。

むしろ、その奥には感情がある。

理解されたい。
残る存在でありたい。
安心したい。

ただ、それを守るために防衛している。

それが壁だ。

最後に

壁を作る人は冷たいのではない。

多くの場合、それは防衛だ。

そしてその奥には、求めているものがある。

安心。
理解。
そして「残る関係」。

壁はそれを拒んでいるのではない。

むしろ、それを守ろうとしているのかもしれない。