壁を持つ人がいる。
距離がある。
簡単には踏み込ませない。
感情を多く語らない。
こうした人は、ときに冷たいと思われる。
近づきにくい。
本音が見えない。
しかし少し関係が続くと、違う印象を持つ人も多い。
「実は優しい人」
なぜそんなことが起きるのだろうか。
揺れることを知っている
壁を持つ人は、自分の感情の揺れを知っていることが多い。
怒り。
執着。
不安。
こうした感情に飲まれた経験を持っている。
だからこそ、人の揺れにも気づきやすい。
強く言われたとき。
不安そうなとき。
言葉にできない感情。
それを感じ取る。
自分が経験しているからだ。
人を傷つけることを怖れている
壁を持つ人は、自分の感情が強くなることを知っている。
その結果、人を傷つけてしまう可能性も理解している。
だから距離を取る。
衝動的に反応しないように。
感情に飲まれないように。
これは冷たさではない。
むしろ、人を傷つけないための防衛でもある。
観察している
壁を持つ人は、人をよく観察している。
言葉だけでなく、態度を見る。
行動を見る。
一貫性を見る。
これは信頼できるかどうかを判断しているからだ。
そして観察する人は、人の変化にも気づきやすい。
小さな違和感。
小さな不安。
そうしたものに気づくことができる。
簡単には踏み込まない
優しさには、いくつか種類がある。
すぐに距離を縮める優しさ。
静かに見守る優しさ。
壁を持つ人の優しさは、後者に近い。
簡単には踏み込まない。
しかし必要なときには、そばにいる。
派手ではないが、静かな優しさだ。
防衛の奥にあるもの
壁は拒絶ではない。
多くの場合、それは防衛だ。
そして防衛の奥には感情がある。
理解されたい。
関係を大切にしたい。
傷つけたくない。
そうした感情があるから、人は慎重になる。
壁はその慎重さの表れでもある。
最後に
壁を持つ人は冷たいのではない。
多くの場合、それは防衛だ。
そしてその防衛の奥には、もう一つの側面がある。
優しさだ。
揺れることを知っている人ほど、人の揺れにも気づく。
だから距離を取りながらも、静かに誰かを気にかけていることがある。
壁の向こうには、そんな感情が残っているのかもしれない。


